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カンボディア選挙監視活動・静かな脅迫

カンボディア選挙監視活動・静かな脅迫


上杉勇司 / Yuji Uesugi   沖縄平和協力センター事務局長


緊迫した開票作業

 7月28日、投票日から一夜明けた開票日の午前10時25分、強圧的な口調で何かを叫びながら2名の男性が開票所内に突如乱入してきた。穏やかな雰囲気だった開票所内に一瞬緊張が走った。早朝6時30分から進められた開票の準備が整えられ、ようやく、これから開票が始められる矢先の出来事だった。
 乱入してきた2名は、フンシンペック党候補者のホプトン氏と同党の党員で、「この開票所は開票に適していない」と開票所の変更を要求した。開票所内には許可証を持たない者の入場が認められていないため、開票所の責任者であるペットヌン氏は2名に退場を求めたが、ホプトン氏は彼に向って凄い剣幕で捲くし立てている。
 選挙法では1つの開票所には3ヵ所の投票所から投票箱が集められることになっていたが、ここでは1つの広いホールの中に6つの開票所が併設されていて、見方によれば18カ所分の投票箱が1カ所に集められたことになる。ホプトン氏の主張も選挙法に照らし合わせれば妥当なものであったので、ペットヌン氏がどのように対応するのかを見守ることにした。
 ペットヌン氏は2名を連行するようにと警察官4名を呼び入れたが、候補者には「異議申し立て」を行う権利があるとホプトン氏は主張して譲らなかった。この騒ぎを聞き付けてタケオ州・選挙管理委員会(以後、選管)の副代表が事態の収拾に駆けつけた。選挙法では書面にて異議申し立てを行うことになっていると副代表が応じると、ホプトン氏は自分の主張を紙に書き出して提出した。そこで、副代表を中心に開票所の関係者たちが対応を協議し、妥協案が提示された。ここ以外に開票に適した建物が地区内に存在しないため、開票所の変更はしないが、開票作業中に不正が行われないように細心の注意を払う。開票所の入口にバリケードを設置し、各入り口に2名の警官を配置することによって室内への出入りを厳重にチェックする。監視が十分行き届くように、開票を2度に分けて実施する。つまり、このホール内で一度に実施される開票所の数は3ヵ所になるというものであった。開票作業に倍の時間がかかることが懸念されたが、ホプトン氏は納得した様子で開票所を立ち去った。一件落着し、11時13分に開票作業が開始した。その数分後に、タケオ州・選管のペンロン代表までが事態の推移を確認するために登場した。このことからも分かるように、タケオ州では、このような些細な事件が、今回の選挙において最も緊迫した場面であった。


静かな脅迫

 つまり、今回のカンボジアの総選挙においては、明白な暴力行為を見かけることはなかったということで、カンボジアにおける選挙絡みの不正行為は、あからさまな脅迫行為から目に見えない心理的な圧力や買収行為といったものへと替わったようだ。この静かな脅迫の中で今回最も問題となったものに、村長の村民に対する有言、無言の圧力がある。カンボジアの村長は国からの任命制で、現政権と直結しているため、村長が村民に与えた影響は計り知れない。国民の8割以上が農村に住んでいるカンボジアでは、村長による毎日の静かな圧力が特に問題になる。村長が投票所の職員になることは国家選管からの事前通達で禁止されており、この点に関する不正行為は見受けられなかったが、村長が投票所の内外で監視の目を光らせていたり、村長に近い村の有力者が投票所の職員になっていたりするケースもあり、目に見えない形での圧力は投票中にも掛けられていたと考えてよいだろう。
 このような静かな脅迫の問題や冒頭のエピソードにも関係するが、今回の選挙法では不平・不満の申し立てをする手続きは確立されていたものの、実質的な対応が伴っていなかった。実際に異議申し立ての大部分はフンシンペック党とサムランシー党から選管や第一党の人民党に対して出されていた。異議申し立てが提出された場合の選管の対応の基本方針は、物的証拠がある場合には適切な措置を講じるが、ない場合には異議申し立て書を受理するに止める、ということであった。一般論としてこの方針は公正であったと言えるが、静かな脅迫や心理的な圧力といったものに関して物的証拠を提出することは難しく、このことは、フンシンペック党やサムランシー党が選管の中立性を疑問視し、選管に対する不信感を募らせた要因となった。選管が、各政党から信頼を受けていない場合は、選挙に敗れた政党が選挙結果に納得するとは考え難い。動機不純な異議申し立てが多いとは言え、この問題を改善する必要が感じられた。


ポストコンフリクト選挙は終わりか

  もちろん、選管が何の努力もしていないということではない。タケオ州・選管では、各政党やNGOを集めて毎週定例の調整会議を開催していた。しかし、残念ながら、それは問題解決の場や対策を協議する場ではなく、各政党が不平・不満を述べる場になっていて、本来意図された機能が十分に果たされていなかった。
 このような定例会の設置や異議申し立て受理の手続など、自由で公正な選挙に向けた制度の整備は着実に進んでいることは明らかだった。ただ、その制度を効果的に運用する工夫がまだまだ必要であることも事実だ。他にも有権者登録や有権者教育において改善すべきところは多々ある。しかし、大枠的なところで、カンボジアの民主化は着実に前進しており、今回の選挙で「紛争直後の選挙」というレベルは脱したように思われる。
 投票の終了を待っていたかのようにスコールが降り出した。そのスコールの中を投票所の職員が投票箱を抱えて各地から開票所に集まってきた。雨でずぶ濡れになった人々の顔には、少々の緊張が感じられたが満足感と自信に満ちていた。帰り道、スコールが止んだ空には、二重の大きな虹が架かっていた。カンボジアの子供たちは虹に触れると死んでしまうと信じているようで、子供たちが家路を急いでいた。