報告・ニュースレター

HOME > 報告書 > 動き出したオバマ外交とその方向性

動き出したオバマ外交とその方向性

動き出したオバマ外交とその方向性


第2回 Security Review(2009年7月30日)
講師:渡部恒雄 東京財団 上席研究員


 在沖米軍の再編は、変わりゆく日米同盟と東アジア情勢の中でどう進展していくのか。全5回シリーズの安全保障講座の第2回となる今回は、渡部恒雄氏(東京財団上席研究員)に、「動きだしたオバマ外交とその方向性」をテーマに、今後の米国の外交政策について論じていただいた。また、今回の講座には星野俊也氏(大阪大学大学院教授)と清水磨男氏(那覇市議会議員(民主党))にコメンテーターとして参加していただいた。以下は、講演の要旨である。


講演要旨(以下、文責:川島然太・OPACインターン)

 2009年の7月上旬に米露首脳会談が行われた。就任後しばらくはイスラム圏に対してメッセージを発するに留まっていたオバマ大統領だが、今回の米露首脳会談を皮切りに、オバマ新政権下での米外交は本格的に動き出した。
 オバマ政権は、大量破壊兵器の拡散問題を重視している。これは、「核兵器のない世界」に言及した2009年4月のチェコ共和国プラハでの演説などからも明らである。背景には、テロリストへの大量破壊兵器の流出を防ぎ、米国が大量破壊兵器を用いたテロに脅かされるという事態を回避するという戦略的目標がある。また、これまで核不拡散条約(Nuclear Non-Proliferation Treaty)を支持しながらも核軍縮を進める核保有国の義務について具体的な行動に出てこなかった従来の米国の姿勢から脱却することを示し、外交政策の転換をアピールしているといえる。その他、オバマ政権は、ロシアに対し核軍縮を進めることを促すとともに、ロシアがその歴史的に持つイランやアフガニスタンへの影響力への期待もある。
 対アジアでは、2009年7月の米中戦略経済対話で中国との関係重視の姿勢を再確認した。また、北朝鮮に対して国連決議の裏打ちによる正統性を確保した中で制裁措置を行っており、有志連合のもとに国連の正統性を軽視してきたブッシュ前政権時の姿勢とは趣を異にしている。
 今後の日米関係はどうなるのか。2009年8月の衆院選後に発足する日本の新政権にとって、米国オバマ政権との外交関係で重要になってくるのは、オバマ外交にどれだけ柔軟性があるかを日本側がしっかりと見極めることができるか否かである。米国は、金融危機による不良債権処理や景気対策への巨大な支出による財政難に直面しており今後は厳しい財政状態におかれる。また、米国では、感染症の蔓延や自然災害といった国境横断的、非伝統的な脅威に対する対応の重要性が高まり、脅威認識の質が変化してきている。このような状況への対応には、どうしても多国間アプローチが求められることになる。つまり、米国はこれまでの伝統的アプローチとは異なる安全保障政策に頼らざるを得ず、オバマ政権にはこれまでの二国間同盟の枠を超えた発想の違いが出てくると考えるべきだ。ただし、在沖米軍再編問題に限れば、国務省、国防総省内にはクリントン政権下でSACO(沖縄に関する特別行動委員会)合意に深く関わっていた人物(例えば、カート・キャンベル次官補など)がおり、再交渉には消極的だろうと思われる。米国側がこの点でどの程度まで柔軟に交渉できるかを見極めるのが、今後のポイントとなる。
 では、日本側はどうなのか。現時点では、次期政権の中心となると予想される民主党内では意見がまとまっておらず予測は難しい。また、次期政権が連立政権となる場合、さらに話は変わってくる。沖縄を含め日本全体が、政治的に「予測可能性の高すぎる時代」から、「不確定な時代」に入ったといえる。他国も予測ができない日本に不安を持つからこそ、自ら他国(他者)に政策の方向性を示し、働きかけていく積極性が重要となってくる。日本は受け身の姿勢から脱却し、中国との関係改善を進め、日米中三国間で地域の安全保障を考える枠組みも重要だろう。実際には、三国間関係となると利害関係が複雑に絡み合い、建設的な対話を進めるのは難しい。むしろ、米中の強い主張の中で日本が埋没する可能性もある。しかし、日本が、日米の同盟関係を機軸に、環境政策などのような分野でイニシアチブをとり、日米中の三国間関係をツールとして使っていくことは可能である。そのような構造になれば、国際社会における沖縄の重要性は、益々高まってくる。日本政治の中でも、沖縄が抱える政策アジェンダをいかに日本の他地域のものと調整し、自らの目標を達成させることができるかが重要な課題になってくるだろう。沖縄の政治的な意思が試される重要な時期ともいえる。


<中東と大量破壊兵器>

 オバマ大統領は核廃絶を究極的な目標に掲げているが「大量破壊兵器の拡散防止」が安全保障上の喫緊の課題であり、ロシアとの軍縮を積極的に進めていく姿勢だ。また、核保有国であるインドやパキスタンを視野に入れ、特にパキスタン国内に影響の強いアフガニスタンの治安回復は、パキスタンの核兵器の管理という点でも最重視している。したがって、米国を中心としたNATO(北大西洋条約機構)諸国のアフガンでの軍事作戦に関し、ロシアに自国領土内を経由する補給ルートを認めさせた点は、米ロ首脳会談の大きな成果の一つといえるだろう。オバマ大統領のトルコやカイロでのスピーチでは、米国はイスラム教自体を敵視しているわけではないことを強調している。米軍はイラクの都市部からは撤退を完了したが、これはイラク人に対しては、米国が永遠に駐留するわけではないことを、中東諸国に対しては中東全体を支配しようとしているわけではないことを、アピールするものだ。


<東アジア政策>

 北朝鮮の核実験を受け、米国は武器輸出入禁止や北朝鮮の有力企業の資産凍結や金融政策を、国連決議に則って行っており、国際法的な正統性と多国間協力による迫力が付加されている。その国際協調を重視する姿勢は、ブッシュ前政権の単独行動主義とは大きく異なる点で、同盟国や友好国からの米国外交への信頼性を上げる効果もある。実際には、ブッシュ前政権の対北朝鮮政策は、1期目で対話の余地も残さない一方的な強硬姿勢、2期目では逆に外交成果を最優先した宥和的な姿勢を取り、一貫したものではなかった。オバマ政権の対北朝鮮政策は、この反省からどちらでもない安定した関与政策を取っているように思われる。中国に対しては、米中戦略・経済対話などからわかるとおり、中国を「責任あるステークホルダー」に導いていこうという関与政策を前政権から継続している。ただし、短期的には関与政策でコンセンサスがあるが、長期的にみると、中国は安全保障上の懸念の対象であることは否定できない。それは、旧ソ連のように米国に軍事的に対抗する存在となるということだけではなくとも、中国のサイバー攻撃能力や衛星破壊能力の向上などで、電子的なコミュニケーション能力に大きく依存している米国の軍事能力を制限することになれば、地域安保での中国の相対的な影響力を強める可能性だ。この認識は国防総省を中心に共有されている。


<不確定な時代>

 これまでの冷戦期やポスト冷戦期とは異なり、米国の軍事・経済能力の相対的な低下傾向により、今後の国際秩序は先行きが見えない不確定な時代に入ったといえる。日本の政治状況も不安定で、総選挙後の与党として有力視されている民主党内では、安全保障に党内の明確なコンセンサスはみられない。現在の世界への脅威の対象はかつてのようなソ連や北朝鮮などの「国家」からの脅威だけではなく、テロ、感染症、自然災害といった国境横断的な、非伝統的な脅威へと変化し、米国の脅威認識もそのように変化している。加えて、財政・経済的な事情が、米国の安全保障政策を大きく規定する。米国の政策の変化がどのように変化するかを見極めることが、益々重要となっている。


<不確定な時代>

 これまでの自公政権は安定してきたが、その分、外交政策には構想力や柔軟性が欠如してきた。今後は不安定さは懸念されるが、柔軟性は増すことが予想され、その場合、自らの構想力や積極性が問われることになる。沖縄でいえば、沖縄側が働きかけることの影響の仕方がこれまでとは異なる形で、日本の新政権に影響するかもしれない。それゆえに、沖縄の政治的な方向性がより試されるともいえるだろう。硬直的なブッシュ政権に失望した米国民が、オバマ政府に期待したのは現実に対処する「柔軟性」だったが、現在の日本の世論が新政権に期待するのはぶれない「一貫性」のようだ。このような世論の流れは、外交という点ではいい傾向ではない。私見では、「相手」が存在し、自国の政策だけでは実行が不可能な外交政策について、マニフェストで細かく規定して選挙公約をするのはナンセンスだ。外交には、その時々の国際情勢を考慮して柔軟に対応することが求められる。ブレない外交ほど怖いものはない。今後の日本外交は、独善的で受け身の姿勢を脱却し、日米中の外交の枠組み作りなどを、国益に生かすように積極的に行っていくことも重要だろう。


コメンテーター発言要旨:星野俊也氏(大阪大学大学院 国際公共政策研究科 教授)

<オバマ政権>

 本来ならば、就任後すぐにオバマ政権は米国としての外交イニシアチブを発揮するつもりだったのだろうが、経済金融危機が足かせとなった。しかし、 これまでのオバマ政権の外交政策には、「プラクティカル(実利的)」な一定のスタイルが見えてくる。これは、パワー・ベース(権力基盤)で物事を動かす単独主義(unilateralism)とルール・ベース(秩序基盤)でやっていく多国間協調主義(multilateralism)のどちらか一方に偏るのではなく、両者を状況に合わせて使い分けるものである。例えば、北朝鮮対応では国連安保理を利用しつつ、独自の制裁も実施ないし示唆するといったオバマ政権の方針に反映されている。


<核軍縮>

 日本にとって、核軍縮の問題は「核の傘」の議論と密接にかかわってくる難しさがある。最終的には核のない世界が望ましいが、そこに至る道筋について日米でしっかりと議論を行うべきだ。日本の次期政権の有力候補である民主党も、政権獲得後には、何を日米合同で行っていくかを大きなテーマとして協議する必要がある。核軍縮は、日本の安全保障という枠組みの中でどのような位置づけとなるか課題は残る。しかし、日本も核不拡散と核軍縮の路線には協調していくべきだ。当然といえば当然だが、米中戦略経済対話で、中国が保有する核に対して議論がなかったのは残念。米国が核全廃を促すのなら、日本の安全保障に直結する中国の核軍縮に話をもっていくことが必要だ。


<日米中関係>

 日米中は、それぞれ大国だが、現在それぞれが大きな国内問題に直面している。中国は分離主義的な動きが台頭し、国内情勢が流動的。日本は経済的にも政治的にも安定度を欠いている。米国も深刻な経済危機が尾を引いている。日米中の相互依存関係も深まっている。こうしたなか、日米同盟を中国に対抗する同盟ととらえるべきなのか。渡辺氏の言うように、日米中三国で安全保障戦略を考えていくことは重要である。


<北朝鮮>

 国連安保理決議を通して制裁を加えたことは確かに評価すべきことだ。だが、北朝鮮の態度を根本的に変えるためには、米朝の直接の対話の機会を作ることが大事ではないか。北朝鮮に拘束されている米ジャーナリスト2人の解放問題で対話が行われる可能性がある。日朝の頭越しで米朝の対話が進んでしまうかもしれないが、それが北朝鮮の態度を改めさせること自体は日本にとっても利益につながることなので、もちろん日米の情報交換は重要である。6者協議は維持しつつ、日朝の対話の道も模索すべきときかもしれない。


<今後の日本の役割>

 小泉・ブッシュ時代には、米軍再編は抑止力の維持と負担軽減という二つの考慮を前提に進められた。しかし、もはやテロリストに対する抑止力の効力は減少しており、多元的な外交が求められるようになった。日本の外交は今まで外の動きに対して受け身だったが、このような国際情勢の変化は大きなチャンスととらえていいだろう。オバマ政権がプラクティカルな外交を行い、また日本も政権が変わる可能性があるならば、日本からの提案次第で物事は動く。沖縄の米軍再編についていえば、日本側の意見を取りまとめる重要性が増してきている。今後、日本がどれだけ積極的に他に働きかけていくかが問われる。


コメンテーター発言要旨:清水磨男氏(那覇市議:民主党)

<民主党マニフェスト>

 民主党の公式見解ではなく、あくまで個人の見解として発言したい。(普天間飛行場の県外移転がマニフェストに含まれなかったことに関して)県外移転をマニフェストに入れなかったからと言って、安易に「後退」とはいえない。相手がある外交問題について、一方的にマニフェストで約束することは難しい。ただ、もちろん県外移転ということで話を進めていく。このことは2009年度版の「民主党政策インデックス」の沖縄政策についての箇所や同党のホームページ上の「沖縄ビジョン」でも触れている。マニフェストの骨組みを支えるこれらの文面は一貫して県外移設、地位協定改定を謳っている。ただ、マニフェストに書いた方が分かりやすいということもあるので、その点はしっかりと踏まえ、基地問題を沖縄問題としてではなく、日本の安全保障問題として訴えていく。ただ、民主党の沖縄県連と東京の本部がどれだけ強く県外移転を主張しても、沖縄県知事が消極的であったら意味がないので、政権をとったら、しっかりと働き掛けていく。


<今後の日本の役割>

 米国は現在深刻な経済不安の中にある。議会でF22戦闘機の製造中止が決定されたこと、エドワード・ライス在日米軍司令官の「思いやり予算は大事」という発言などをみてもいえる。ただ、60年近く変わらなかった日本の与党が、もし今回の総選挙で変わるなら、日米関係も変わっていいのではないか。しかし、米国と対等になるだけでは不十分で、中国などの東アジア諸国とも対等なパートナーになることが望ましい。日本は国内問題だけにとらわれず、国際情勢にも積極的に関与し、外交政策について米国と折り合いをつけていく必要がある。